Imperial Hotel
Japan
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かの帝国ホテルが新たに始めた『サービスアパートメント』。
ホテルのサービスをそのままに、「泊まる」ではなく「住まう」という過ごし方ができるもので、2021年2月1日の日経新聞朝刊で発表されるや否や予約が殺到し、即日完売となったことで注目を集めた。
運良くも予約が取れた私は、3月15日の幕開けから2ヶ月間『帝国ホテルに住む』という夢の切符を手にした。『日本を代表するホテルが始めるサービスアパートメントとは、どの様なものなのだろうか?』今回はそのリアルな体験と、ホテル側への取材内容を元にレポートする。
大きな期待を胸に小さなスーツケースを1つ下げ、ホテルへ足を踏み入れた初日。恐る恐るロビーに近づくと素早くホテルマンが笑顔で出迎えてくれ、スムーズなチェックインへ誘ってくれた。何より特筆すべきは、チェックイン手続きのシンプルさ。通常アパートメントの契約は、入居前の様々な提出書類と審査が避けて通れない。それが今回は、ただ普通にチェックインを済ますだけ。これだけの手続きで本当に大丈夫ですか?と、こちらが心配になった位だけれど、それ自体素晴らしいことには間違いない。
手早く案内された部屋は正面が出窓になっていて、日比谷公園の美しい樹々が目に入る。何といっても立地の良さは都内トップクラス。徒歩圏内に有楽町、銀座、新橋、丸の内といったオールスターが勢揃いし、大抵の場所はタクシーだと数メーターで到着する。
日比谷公園の先には皇居があり、週末は都内から集まるランナーで賑わう。
事前にホテルへ送っておいた荷物は仕事道具を含めても段ボール5箱程。荷物を所定の位置に置き、ものの数時間で引っ越し完了!家財やネット環境は既に整っている。
私がサービスアパートメントをこよなく好む理由は、なんと言ってもこの身軽さに尽きる。到着後、すぐに生活を始められるのは本当にありがたい。
とはいえ、ここはホテルなのでキッチンや洗濯機は部屋にない。火の元となる調理器具は部屋で使うことができない。設備の補填はホテル側にとっても課題であったとか。
「長期滞在中の食事をどうするか」問題は最も案じていたことだったが、解決してくれたのが定額サブスクリプションの食事サービスだ。帝国ホテル自慢のビーフカレーを始め、サラダやスープ、デザートまで一通りのメニューを部屋でいただくことができる。テーブルセッティングもさすがのもので、白いテーブルクロスにバラが一輪添えられ、パリッとしたウェイターが食事を運んできてくれるのが、うーむ、何とも優雅な気持ちにさせてくれる。
館内にはフレンチ料理の「レ・セゾン」をはじめ、その他著名なレストランやバーが数多くあり、食通にはたまらない。TPOや予算に合わせて選べる贅沢も、この規模のホテルならでは。
もちろん、これだけ便利な界隈なので、365日外食したとしてもレストランには事欠かないだろう。
帝国ホテルの丁寧な仕事で有名なクリーニングも、別途定額サブスクリプションで用意されている。毎日スーツをパリッと着こなすビジネスマンには貴重なサービスだろう。
各階には『コミュニティールーム』と呼ばれる共用の部屋があり、洗濯機とアイロン台、電子レンジ・トースターが備わっている。朝はパンが並び、好みで温めて部屋に持ち帰ることができる。
洗濯機は全自動乾燥機能付きで3時間程度でフワリと仕上がる。洗濯物を干す手間もなく、バルコニーや物干しが無いといった不便さは一度も感じなかった。
サービスアパートメントはタワー館の上層階にあり、上から見てT字型の建物は部屋によって見える景色が変わる。シティライフを楽しみたい方には、銀座側の部屋をお勧めしたい。夜は電気を暗くして、目の前に広がる宝石箱のような銀座の夜景を堪能できる。
残念な点としては、建物の真下を通る線路の音が時折響いてくるところ。建物自体が時を重ねている為、音の問題は解決が難しいと言える。
フィットネスは眺めの良い高層階のトレーニングルームと、屋内温水プールがある。部屋からエレベーターで数階下がるだけという利便性から、ちょっとした隙間時間でも手軽に運動ができる。ホテル暮らしになってからの方が、むしろ身体のコンディションを整えることが出来たのは想定外の副産物だった。多忙なビジネスパーソンにとって気軽に運動ができる環境づくりは、テレワークが増える今、ますます求められるだろう。
そして、滞在をさらに豊かにしてくれたのが、コンシェルジュの存在だった。ホテル界隈の情報に精通しており、ゲストの様々な要望をくみ取り的確に提案してくれる。ただ単なる情報ではなく、コンシェルジュ自らの経験を元に提案してくれる所にプロ意識を感じ、安心もした。
2ヶ月間ホテルのサービスアパートメントを実際に体験して感じるのは「ホテルが手掛けるサービスアパートメント」は一般的なサービスアパートメントとは別物であり、こういうジャンルが今後確立されていくだろうという、前向きな予感である。
当初はキッチンが無いことをマイナスと捉えていたが、セカンドハウスとしての利用などホテルならではの非日常感を「住むように」楽しみたいゲストにとって、それは必須条件にはならない。むしろ、きめ細やかな人によるおもてなしをはじめ、ホテルの強みである総合力を活かせるという点において、ただのサービスアパートメントとは一線を画するものがある。ゲストがその滞在に求める要素のバランスによって、ホテル型か一般型かを選択できる様なものとして進化してもらいたい。
『サービスアパートメント』という大きな括りの中で当面は手探りが続くだろうが、5年、10年と経つ頃には、それこそ別の呼び名が出来ているかもしれない…。私は今回その産声を聞いたのだ、と思いつつ、後ろ髪を引かれる思いで夢の帝国ホテル住まいに幕を下ろしたのであった。